[43] 「本当に来るのかな・・」チアリーディング部の後輩の坂下瑞希(中1)がつぶやきました。 私(北原千尋)もそう思っていました。 性暴力の男を捕らえて、女性たちの手で制裁を加えると言われても、どうしても現実離れしている気がして、 100パー信じることができなかったからです。 「・・来るよ。もうすぐ来る」 スマホを凝視しながら、チアリーディング部の井上桃香先輩が言いました。 「どうして分かるんですか?」 私が質問すると、桃香先輩は、やや緊張した面持ちで、 「これ、LINEグループができてる。サカモトヒロの性暴力を許さない女たちの会だって」 私にスマホ画面を差し出しました。 「それ、私も入れて」 相棒の安川杏奈が、スマホをのぞき込んで言いました。 「アンナ、どうしてスマホ持っているのよ」 私が非難めいた口調で言うと、彼女は悪びれた感じもなく、 「先生たちには内緒!」 と言いました。 (聖泉女子では、中学3回生まではスマホ禁止がルールになっていました) 井上桃香先輩は、自分のママがLINEグループの中心メンバーになっており、そこから招待が届いたと教えてくれました。 「なにこれ、すっごい人数」 安川杏奈がつぶやきました。 「現在のメンバー数、1225人だって」 女性限定のLINEグループで、女の子をレイプした男を許せない女たちが、口コミでその輪を広げて行ったに違いありません。 「来たよ」 安川杏奈が、スマホ画面を私に見せてくれました。 そこには、最新映像として、女性たちの集団が、ひとりの男を、引き立てて、Sグラウンドの門をくぐらせる様子が、何度も何度もリピートされていました。 そして、女性たちの怒号や、嘲笑する声がリアルに聞こえて来ました。 かすかに男のうめき声も聞こえたと思います。 「来た!」 井上桃香先輩も言いました。 私は、緊張のあまり、両足が地面に吸い付いたように動きませんでした。 隣で、中1の坂下瑞希も、かたまっていました。 「真保と、みくがいる!」 チアリーディング部の2年生、鷹見優季がいち早く駆け出しました。 「あんたたちも行きな」 S女子体育大学から教えに来ていた染谷千穂さん、柴垣由布子さんの2人が口をそろえて言いました。 「はい!」 「はいっ!!」 鷹見優季に続いて、副嶋奏楽(中2)、湊美姫(中2)、吉野馨先輩(高1)、井上桃香先輩(高3)の部員たちが走り出します。 「わたしたちも行こう!」 安川杏奈に肩をたたかれて、ようやく私は我に返りました。 (そうだ。みくちゃんたちの無事を確認しなければ・・・) 使命感がかろうじて私の足を動かしました。 「瑞希ちゃんも行こう」 私は、かわいい妹みたいな坂下瑞希の手をとって、2人で走り出しました。 オリンピック銅メダリストの岩槻紗里奈さんが、4名の陸上選手たちと付いていてくれたのが頼もしかったです。 坂本真保、韮崎みくの2人は無事でした。 ・・少なくとも、見た目上は。 2人とも聖泉女子の制服を身に着けており、決して病気や怪我などで休んだわけではないことが分かりました。 2人を取り囲む女の子たちの輪ができていました。 「千尋、こっちよ」 安川杏奈が私の手を引いて、女の子たちの輪の中心に招き入れました。 「みくちゃん!」 「千尋!!」 「真保!!」 私たち3人は、涙を流して、抱きしめ合いました。 「みくちゃん、どうして!?」 私が理由を聞こうとすると、杏奈がポンと肩をたたき、首を振りました。 「あ・・ごめん。ごめんね・・」 理由を聞いたりしてはいけない。そんなことも判断できない自分の幼さに、私は腹が立ちました。 それ以上に、2人を苦しめた男の存在に、猛烈に怒りがこみ上げて来ました。 おぞましい犯人は、真保ちゃんのお兄さん。 それでも、いや、だからこそ、絶対に許すわけにはいかない。 こぶしを握りしめ、レイプ犯人の男がとらわれている、もう一つの女の輪の方に目をやりました。 輪の中心に、白い裸体があるのが分かりました。 男子にしては華奢で、やや長い髪をしている。 一瞬、裸の女子がいるのかと錯覚し、私はまたドキドキしてしまいました。 ただ、裸の上半身を見る限り、男です。 下半身は、かろうじてバスタオルでおおい隠されていますが、おそらくパンツははいていません。 大人の女性たちが、絶対に逃がさないように、何重にも取り囲んでいます。 彼は、ニュース番組で逮捕された犯人がよくやるみたいに、顔を伏せていました。 すっかり観念しているのか、泣いているようにも見えました。 レイプ犯人は、もっと凶悪な感じのする男だと勝手に想像していたので、私は違和感を覚えました。 (ただし、後で彼がやったことの詳細について聞かされたとき、私は吐きました) そこへ、先生たちが到着しました。 クラス担任の深谷美雪先生と、副担任の澤井智子先生、保健体育の藤枝葉子先生、理科の市村美子先生、それに学年主任の福田千鶴先生もいます。 「せんせい!!」 私は思わず美雪先生に抱き着いてしまいました。 本当は、真保ちゃんとみくちゃんの方が心細かったはずなのに私だけ・・。 美雪先生は、優しく私の身体を受け止めてくれました。 でも、いったい、だれが知らせたんだろう・・。 後ろを振り返ると、杏奈が超然として自分のスマホをいじってました。 杏奈がメールしたに違いない。私は確信しました。 彼女は、"不良少女"ですが、学校の成績は常に上位ですし、こういった抜け目のないところが幸いして、 意外と先生方にはウケの悪い生徒ではなかったのでした。 「これはいったいどういうこと?」 体育教師の藤枝葉子先生が息をととのえながら言いました。 「先生、みくと、真保。やられちゃったんだよ」 杏奈が言いました。 「えええっ!!だれに」 澤井智子先生が杏奈の両肩を押さえました。 安川杏奈は答える代わりに、レイプ犯人がとらわれている方の集団を目で示しました。 裸の男が、大勢の女たちから、頭を叩かれたり、髪を引っ張られたり、蹴りを入れられたりしています。 あの男が犯人だということは、一目瞭然でした。 「なんということでしょう。なんということでしょう」 学年主任の福田千鶴先生が、地団太をふみました。 先生たちが来てくれたことで、私たち生徒はようやく少し落ち着きました。 そうなって来ると、犯人の男に対する怒りと、憎しみが俄然わいてきます。 他の女の子たちも同じ気持ちだったらしく、いよいよ犯人の男がとらわれている側へ、みんなで足をふみ出しました。 私たちが移動を開始すると、もう一つの人間の輪もゆっくりと動き出しました。 今いる場所は、Sグラウンドの入口付近ですが、道路から丸見えで、思わぬ邪魔が入るかもしれません。 ここはS女子体育大学と、聖泉女子の専用グラウンド。いわば、男子立ち入り禁止の女の領土です。 その奥深くに男を閉じ込めて、徹底的に復讐してやるんだ。 私は密かに決意をしました。 みんながどう思っていたかは分かりませんが、だれが指示するでもなく、二つの人間の輪が、 Sグラウンドの内部に向って移動し始めました。 小さい方は、真保ちゃんとみくちゃんを守る女の子たちの輪。 大きい方は、性暴力の男を逃がさないための女性たちの輪です。 ちらっと観察すると、50人はいる女性の中で、唯一男の彼は、もはや完全に腰くだけになっており、 自分の足で大地を踏みしめることができません。 彼は、力強い女性たちに両脇を抱きかかえられ、ほとんど宙をすべるように運ばれていました。 裸の足を引きずられ、痛そうでした。 (情けない男・・。) 私は心の中で、彼のことを思いっきり侮蔑しました。 やがて、グリーンの金網でおおわれたテニスコートにたどり着きました。 ここで2つの輪は合体し、性犯罪者を糾弾する女の輪が完成しました。 「ここでいいわ」 貫禄のある年配の女性が言いました。 彼女は朝日奈泰子さんと言い、聖泉女子学園の入学式などで、来賓あいさつをしたのを思い出しました。 練習していたテニス部員がぞろぞろ出てきます。 インターハイ出場選手の友永秀美さん(大学3年)を筆頭に、藤田美亜さん(大学3年)、諸角聖子さん(大学2年)、伊西綾子さん(大学2年)、澤北ゆりなさん(大学1年)といった、S女子体育大学の中でも精鋭と呼ばれるメンバーたちです。 もの珍しそうに女の輪に加わりました。 こうして、いよいよ断罪が開始されます。 ここで手錠を外された男は、よろよろと私たちの足元にひざまずきました。 彼は、土下座をします。 テニスコート裏のところどころ雑草が生えたアスファルト上に、ひたいをこすりつけます。 この場面で、ほかにどうしようもなかったのだと思います。 「助けてください・・」 弱々しく許しを請いました。 「これ以上やられたら、死んでしまいます・・」 彼の白い裸体は、アザだらけで、ここまで女性たちからひどい制裁を受け続けたことが分かりました。 女性たちは無言。 たしかにこの大人数でみんなでボコってしまっては、一瞬で沈んでしまいます。 いくら性犯罪男と言えども、殺してしまうのはNGだということは、ここにいる女性全員が分かっていたと思います。 |