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去勢*女医



 新妻千枝子(31歳)は、いわゆる“プロの去勢医師”である。

 京都の国立医大を卒業し、泌尿器科の医師として四年間、大学病院で勤務したが、昨年秋の臨時国会で女権法が改正され、 性犯罪被害者の女性が有していた「男性懲戒権」が大幅に拡張されると、それ以後、女権擁護委員会からの委託を受けて、 もっぱら去勢業務に従事するようになった。

 彼女の仕事ぶりは、それ以前から、彼女を知る一部の男性に恐れられていた。

 たとえば進行した前立腺がんなどのように、メスによる患部の切除がどうしても必要な場合だけでなく、薬効や放射線で治療できると 思われる場合にも、治療の対象となっている男性の意見を聞かずに、容赦なく生殖器を切り捨てることで有名だったからである。

 横浜市に住んでいる三十歳の男性は、重度の尿道炎で大学病院内にあった彼女のクリニックを受診したところ、ペニスを切断する以外にないと言われ、 決心がつかないでいるうちに、新妻千枝子の手足となって働く忠実な二人のナースに睡眠剤を投与され、目が覚めたときには、 外科的手段によって男性のシンボルを完全に切りとられてしまっていた。

 男性は、新妻千枝子と二人のナースを相手どって損害賠償請求訴訟を 起こしたが、このときすでに「女権法」が成立しており、三人の女性裁判官によって、男性の訴えはあっさりとしりぞけられてしまったのである。



 新妻千枝子は女権法改正後に、大学病院を辞すと、近年の女権思想の中心として栄えた津田泉市に、『新妻レディスクリニック』を開業した。

 クリニックの主な内容は、女性のからだの悩み、心理カウンセリング、肛門科・泌尿器科である。

 しかし、もちろん、彼女のクリニックを、自分の意思で訪れる男性は、この日本にはいない。

 『新妻クリニック』に男性がいるとすれば、それは痴漢やセクハラなどの被害者によって、“去勢の罰”(古代中国の刑罰にちなんで、  「宮刑」または「腐刑」などともいう)を宣告された男が、  女権擁護委員会や、協力者の女たちに、無理やりかつぎ上げられて、連れて来られた場合だけである。

 『新妻クリニック』の手術室は、コンクリートで固められた十畳ほどの地下室にあり、直通のエレベーターに鍵を差し込まない限り、動作しない 設計になっている。

 ここに連れ込まれる男は、月平均3〜4人程度であるが、これは新妻千枝子が女権擁護委員会の要請に応じて、“出張去勢”することの方が はるかに多いからであり、彼女の手で生殖器を切断され、永遠に男性機能を失う結果になる男性の数は、5倍から10倍の人数におよぶと見られている。

 手術室で実際になにが行われているかは、これまで門外不出であり、マスコミによる取材の手が入ったこともなかったが、新妻千枝子医師との大学の 同窓の縁で、今回は特別に手術室を覗くことが許された。

 わたしが地下にあるその部屋に入ると、男はすでに、診察台にくくりつけられ、大股を広げさせられていた。

 むろん、男は全裸である。

 診察台の周辺に、男の衣類が乱雑に落ちているのが、男がさんざん抵抗した挙句に、女たちの手によって、素っ裸にひん剥かれたことを物語っていた。

 一瞬、わたしと男の目が合った。

 男は、さるぐつわを噛まされ、いっさいの言語を奪われていたが、わたしがマスコミ関係者であり、部外者であることを知ると、 しきりに目で訴えてきた。
 「たすけてくれ!!」・・・と。

 しかし、わたしとて女であり、男の罪が、通学途中の女子高生ばかりをねらった卑劣な痴漢行為であると聞かされていたので、 同情はわかなかった。


 この日は、被害者とおぼしき女子高生が三人、つきそいらしい母親がやはり三人、男を留置所からクリニックに連行してきた女の警察官が三人、 女権擁護委員会から委員二人と、研修中と思われる若い女が六人。視察に来たという女性党幹部一人。

 それに、新妻千枝子医師と、助手のナースが二人。そこにわたしを加えて、総勢二十二人の女が見守る中で、男は生殖機能を奪われるのである。


 開脚機能のある台の上で、男の股はこれ以上無理というまで広げられ、女たちがのぞき込む中で、去勢の儀式ははじめられた。

 最初に、新妻千枝子医師が言ったことばに、わたしは耳を疑ってしまった。

 「麻酔薬が足りないから、少し痛いかもしれないよ」

 ・・・・後になって知ったことだが、これは新妻千枝子特有のフェイクであり、実際にはきちんと適量の麻酔薬が使用されるし、手術の腕前も すこぶる良い、ということであった。

 つまり、たび重なる痴漢の罪で、去勢の罰に処せられる男にたいして、それぐらいの“脅し”や“いじめ”は、女性の復讐する権利の範囲内として、 当然許容されるということらしい。

 事実、女たちは、四肢を固定され、一切の抵抗する権利を奪われた哀れな男性に対して、さんざん罵倒し、 身動き一つできず去勢される者の恐怖と、屈辱を「これでもか」というぐらい、あおったのである。

 その後、二人のナースの手で、丁寧に剃毛がなされ、男性のその部分は見事なまでにツルツルになった。

 新妻千枝子は極薄の手術用手袋をはめると、恐怖と屈辱のあまり委縮して皮をかぶった彼のペニスを、親指と人差し指でつまみあげた。

 一瞬、男がうめき声をもらす。

 らんらんと輝く目で、被害者である三人の女子高生が、痴漢男の末路を見つめていた。

 二人いる女性看護師のうち、若い方のナースが、男の臍下に太い注射針を打ち込んだ。
 残酷だと思えるのは、局部麻酔であって、手術代の男は意識があるから、自分の、男として生まれて最も大事な部分を、切り取られる様子を、 終始味わうことができてしまう、ということである。

 若いナースは、いささか嗜虐的(?)な性格であるらしく、目をつぶって耐えようとする男性にたいし、
 「今からメスが入ります」
 「はい、まずは、ペニスを、根本から、ばっさり切り落とします」
 「座っておしっこができるように、尿道を下向きに形成します」
 「つぎ、ひだりの睾丸ね」
 「精巣が、露出しました。中味を、ぬき取ります」
 ・・・・などと、ささやき、教えていたのだった。


 新妻医師の去勢術は一流であり、手術はわずか三十分程度で終わった。

 切り取られた生殖器は、医療廃棄物として打ち棄てられる。これを、かつて中国に存在した、宦官と呼ばれる自発的な去勢者が、 切り取られた自分のモノを、特別の箱に入れて生涯大切に保存したことと比べることはできないだろう。

 「これで、性欲もなくなるから、二度と痴漢をしようって気にはならないわね」
 女子高生の母親の一人が、わたしに同意を求めるように、言った。

 わたしは部外者として、特別に、この去勢の現場に立ち会っている関係上、あえて肯定することはしなかったが、 この母親のセリフは、長い間、男たちの性暴力に屈伏させられてきた女性たちの総意であるように思えた。

 最後に、βエストロゲン、すなわち米国の研究者であるマーガレット・ニコルが開発した超強力女性ホルモンが男性のからだに投与された。

 睾丸を失ったことによるホルモンバランスの変化をとらえ、強力に“女性化”を進めるためである。

 近年のエコロジカル・フェミニズムの考え方によれば、自然界は女が支配するのが常態であり、オスは、 種を維持するために、最低限の存在が許される(いわゆる、女らしさの肯定・男らしさの駆逐)のであるから、去勢罰を受けた男が、 以後“女的な存在として”生きるのを許されることは、理にかなっていると、これは新妻千枝子医師のセリフである。

 先日、都内の某喫茶店で、トイレに盗撮カメラを仕掛けようとした男が、女性従業員らに取り押さえられ、その場で女たちから柳刃包丁でペニスを 切断される、という事件が起きたばかり(※現在東京地裁で訴訟係属中だが、女性勝訴になる可能性が高い)だが、 それに比べれば、去勢のプロである新妻医師の手で、去勢罰を受ける男性は、まだ幸せと言えるかもしれない。


 記者 奥村美弥子



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